おさんぽしてきた

http://manabiyaroots.blog.fc2.com/blog-entry-77.html#cm
もやもやしていたので、建設的に話し合えてすっきりできた。
同じもやもやを抱えていた方がいれば、とまとめておきます。


まず、核心。
「どう変えたいの」を直球できいてきた。
「変えたいわけでは…」と遠慮されたが、そこもグイグイきいた。
要は、「今のどんぐり、楽しむこと忘れてな~い?」ってこと。

自分もKについては生活の一部みたいになってるので、「そういや楽しんでるかどうかって目で見てないなぁ」と気づかされた。
(まあ、雑ながらも楽しんでる、と思う)

「楽しもう」とする視点では、ちゃこさんのノウハウは大いに参考になると思う。
異論反論、反感や反発を持ったとしても。



次。
「コアは認める。他は枝葉だと思うが、枝葉にしてもこれ、まずいんじゃないの」
とお伝えすると、結構すんなりご理解いただけた。

「あれよりこれがいい」と比較・誘導してるように見える、ということ。
それと「情報を遮断せよと言いつつ、新情報を追加する矛盾」。
あと、「いっしょくたに否定しないで」ということについても。

書き方次第で、もっと容易に受け入れられた意見だと思う。
自分の意見がどう思われるか、あまり気にされない方だと思うが、反感を持たれる書き方をされたのはあまりに惜しいと思った。

つか、自分が反感持ったからね(苦笑)
でも今は、認め合って先に進みたいと思っている。



最後。
これまで偉そうに書いてきたが、自分は夏休みになっても、Kにあんまり外遊びさせてやれてない。
ワークもさせている。
要は環境設定がなってない。
どんぐり的には劣等生だ。

理由がある。
MのABAトレーニングのためだ。
何とか地元小学校の支援学級に行かせたいのだ。
(ウチは、という話。特別支援学校を否定しているわけではない)

Kには申し訳ない、とは思う。
でも、多かれ少なかれ家庭によって事情があるので、工夫はしつつも、制限の中で楽しもうとするのもよいのではないか。
画面よりも子どもを見よう。
一緒にいられる時間は米粒ほどだとしても、ダイヤのように輝かせよう。

ちなみにこちら。
今年のKの自由工作「ペットボトルマシンガン」。

K3330309.jpg

K3330312.jpg

右手で針金をクルクル回すと、片面段ボールがカタカタ鳴ります。
Mが病院に訓練に行ってる間に何とか完成させました。
Mがいると、ペンチや針金、危なくて使えないのです。
環境設定、厳しいっす。


それでも…
うまくいかないことだらけでも…
イライラする必要はない。
先はまだ長いけど、口笛でも吹きながら、力を抜いてやっていきましょう。
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いつか会える日のために

http://manabiyaroots.blog.fc2.com/blog-entry-72.html

まず最初に言っておくと、自分は流れがよくわかっていない。
だからこれから書くことは的外れかもしれないが、思考の足跡として残しておく。
Facebookでやって万一荒れたらアレなので、こそっと書く。


まず、ちゃこさんの考え。
「まったく、読んでいません」が「見下してるように思う」というのはよく分からない。
「読まない方が精神的安定が保てると思います」が「私にはお気軽にメッセージをください」というのもなんだかなぁ、と思う。

てなわけで、100%の賛成はできないが、どんぐりを続けていくにあたって一度は考えなきゃいけない話だと思った。

自分のどんぐり子育ても「うわ、〇〇ちゃん、すげぇ」から始まっている。
そこでKで試し始め、幸いにも軌道に乗るようになった。
要はあんまり困らなくなった。
(学校のこと等でこまめに連絡帳を書くけど)
そしたら、今は(申し訳ないが?)どんぐりブロガーさん達のブログをあまり見なくなった。

期せずして、ちゃこさんの考えの通りになった。
時間は限られている。
周りを気にしすぎてはいけない、というのはその通り。
しかし、うまくいかないから周りを見る、というのが真実。
それがプレッシャーや悪循環になる、というのもまた真実。

「うまくいってないから、相談しよう」もいいけど…いいんだけど、
「うまくいってないから、今は心を落ち着けよう」
「うまくいってないから、うまくいっている人を見ないでおこう」
「PC・スマホの画面より、子どもを見つめよう」
というのもありだと、決して逃避ではないと思う。

以前、似たようなこと書いたな。
「余裕のない親が、余裕をもって子育てをする」という矛盾。
それを解決するのは結局、子どもの成長しかないのだと思っている。

個人的には情報収集やお悩み相談は別にゼロにしないでいいと思う。
それでいて、「分かった。やるべきことをやって、果報を待とう」と心の平穏を保つのが、結果的に「健全」になるのではないか。

「心がけ次第 それは絶対にやってくるよ ひたすら 信じて待て」(B'z『Magic』)



次。
実は、自分は上記と別に、ちゃこさんに大いに共感するところがある。
どんぐり倶楽部でもアドラー心理学でもそうなのだが、

「それって話が通じてナンボですよね?」

と思うことがあるのだ。
自閉っ子のM。
ストレスだけは取り除くが、絵・言葉ともに殆ど成長がない。
とにかく遅い、成長が。
指示も会話もままならない。

いずれは年長問題と思ってはいるけれど、それ以前の生活力が足りな過ぎて、それどころじゃない。
10歳くらいにならんと年長問題できんのじゃないか。
だから、実は心情的には「どんぐり無理だわ」と思っている方の気持ちはようく分かるのである。

いや、やりたいのよ。
みんなと同じように。Kと同じように。
でも、できない現実の壁は高く、強固で、しかも険しい。
「やり方次第でそこそこ行ける」のは知ってるけど、それが通じない子もいるのよ。
環境設定は最重要課題ではあるけど、万能じゃない。
同様に親の関与も限界があるのよ~。
うまくいかないことはオール保護者のせいと言われるとやっぱりきつい。
何でもかんでも発達障害のせいにする気はないが、「障害状態にある」のは厳然たる事実。

まあ、「変えられないものを嘆くのは無意味」と思ってるので普段は言わんけど。
それに諦めてもいない。
待機しながらも挑戦。



最後。

政党でも宗教でもそうだが、「純化路線」と「大衆路線」に枝分かれするものなのだと思う。
「革命」起こそうとしてる人は「改良」がチマチマして見えるし、「改良」中の人には「革命」が机上の空論に思えてくるのだろう。
ただこの議論を見ていると、「よそから見たらちゃこさんも糸山先生も同じ」ではないだろうか。

自分も、目指す場所が一緒なら、いずれ合流しそうな流れだと思う。
テーゼがあって、アンチテーゼがあって、それを含めたジンテーゼが形成される。
その上で、どんぐりが(一過性のブームでなく)広まりますように、と祈らずにいられない。



余談。
ちゃこさんの言いたいことは何となく分かるのだが、「どう変えたいのか」はよく分からんのでちょいと質問してきます。

表現運動について(今年度の自分の反省)

 今年度は別の担任の方が表現を提案してくれた。
「おっ、今年は楽かな」と思ったらが甘かった…
「自分が主でやるより、大変だった」のはなぜか。
それを自分なりに書き残しておく。

(1)最重要は共通理解。
音源なり動きなりを早めに統一する。
youtubeの動画だとか書面だとか。
書面の場合、棒人間が手袋をはめた図になると思われる。
そこでは「グー」なのか「パー」なのか「(挙手の際の)ハイ」なのか明確にする。

ベテランの先生の「お手本はオレの頭の中」というのはとても困る。
子どもを見ながら(相手しながら)、前に立った先生のお手本を覚えるなんて無理。
マイクを持ってると「マイクもってるからあの手の形なのか、本来は違うのか」迷う。

また、お手本になる指導者側だって時に間違って当然。
左右逆とか。
そこで誰かに「書面(動画)と違うのでは」「さっき言ったことと違ってるよ」とツッコまれることが大切なのだが、どうにも意地を張る…というか、突っぱねる人が多い。
「そんな風にして(間違って)ないよ」「ここまでこれで教えてきたよ」等。

大人相手に「言った」「言わない」も嫌なのだが、子どもを混乱させるのはいかん。
だからいつでも参照可能にして、都度共通理解を持つのが大切だと思う。


(2)何を表現しているのか
「まずこの動きです。次にこの動きです。それからこの動きです」
そうやって機械的に教えても覚えきれるもんじゃない。
特にソーランは全身を使うので、複雑な動きが多い。

だから、意味づけが大事。
「波が自分に寄ってくる様子を右手で作ります」とか。
「重い網を勢いよく引き上げます」とか。

それを8拍子なら8拍子のリズムでしゃべりながら踊る。
「波を寄せます。なでおろします」とか。
「巻き上げ巻き上げ、左右ヤッ」とか。

自分は以前、ゆずの「OLA!」をしたときも、「ケンカしてるイメージ」とか「動きを揃えて仲良し」とかやっていた。

イメージを持たせないと、覚えられない。
隊形移動も同様で、「ウェーブするためにここで移動します」とか「タワーを目立たせるために円を作ります」とか。
何も考えず隊形移動をするんじゃなく、「移動してからあの動きするぞ」と思わせる。
行動に意味あり。


(3)シンプル・イズ・ベスト

「うちの〇年生は隊形移動を5つも取り入れました」
「こんな難しい動きをしました」

うーん。
それが見栄えや達成感につながるのかもしれないが。
難しいことやらない方がいいんじゃない?
負担じゃない?

特に表現に注力したがる学校は、体育以外の授業も犠牲にしてまでやろうとする。
そりゃ子どもは「レベルの高いことに挑戦したい?」ときけば「したい」と答えるが。

隊形移動はどうしても子どもが不安になるので、動きが小さくなる。
ソーランで言えば腰が高くなる。

難しいことをどんどんやるよりも、簡単な動きをきれいに揃える方が大切じゃないかな。
指先まで神経使って、一つ一つを丁寧にやろうよ。
そんで、見栄えのする動きを何度も使い回そうよ(こすり倒そうよ)。

隊形も複雑な隊形じゃなく、簡単な並び方をうまく使い回そうよ。
隣の人は変わらないとかさ。

加えて今年は雨に泣かされた。
運動場が使えないと、高度な隊形移動は難しい。
線を引くにしても、当日はいろんな線が混在してるからね。

以上、今年の反省でした。

自閉っ子の子育てのしんどさ

仮に。
もし仮にKしか子どもがいなければ、自分たちは「子育て楽勝じゃん」と思っていたと思う。
旅行や趣味を満喫し、家事・掃除ももっと完璧にしていただろう。
家計簿をきちっとつけ、預貯金も今よりずっと多かっただろう。
余裕のある「貴族の子育て」。
それはもしかしたら、理想的などんぐらーの姿だったかもしれない。

Mが生まれて、テーブルには猫よけの針山(庭などに置くもの)。
ドアには鍵をかけるための50円玉…を梱包用ビニールひもで吊るしている。
キッチンにはフェンス…だけでは足りず、つっぱり棒も設置してダブル防御。
そして戸棚や窓にはストッパー。

面倒…というだけでなく、効率的な家事ができない。
それに、ちょっと危険。
見た目も悪い。なんて家だ!
正直、悲しくなる。
が、そんな安全確保アイテムよりもっと悲しくなることが3つほどある。

ランキング形式で発表します。

3.能力がずばぬけて低い。

同い年の子が100人いれば、100番目。
障害児同士に限定しても一番赤ちゃん。
文字も、数も、コミュニケーションも、運動も、食事も、トイレトレーニングも、全部苦手。
得手不得手のうち、得手がない。
成長曲線的に救いがない…
でも、これでまだ3位。
だって、どんなに不出来でも人様に迷惑かけているわけじゃないからね。

2.奇声・奇行に走る。

これは…かなり冷や汗。
「合理的配慮違反は不法行為」という時代と逆行するかのように忙しさ・余裕のなさは不寛容の温床になっている。
先日読んだ記事にも

「現在は限られた時間の中で多くの情報をいかに処理できるかが重要となっていて、個人の違いにいちいち対応できるだけの余裕が社会全体でなくなっており、発達障害の人たちに対する風当たりも強くなってきています。」

とあった。
でも。
でも、変な話。
人がどう思おうとあんまり気にならない。
こっちの「迷惑かけて悪いな」という思いと向こうの「からかい・冷やかし・見下し・哀れみ」でチャラかな、と。
相殺。
できるだけのことはするので、多少大目に見てください。
傷つける行為だけは問答無用で悪だけれども。
(だから挑発しないで。先生独占しても怒らないで…)

1.意思疎通ができない。

これだ。
これが1位。

世の子育てに悩む方々を「貴族の子育て」に見える瞬間。
こっちの言葉はMに伝わらないし、Mの言いたいことが分かってあげられない。
これは一番へこむ。
虚しくなる。
みじめになる。

「Mちゃん、おいで」と言っても無視されるつらさ。
「イヤだね」と反抗的に言い返される方が100倍マシ。
逆に必死で何かを伝えようとするMに何もしてやれない、分かってやれないつらさ。
そこに追い打ちをかける
「意思疎通もできないのに、親の思いだけで『特別支援学級』への進級を望まないでください」
の言葉。

ハァ。

ある人が言いました。
「障害児の子育ては健常児の子育ての4倍大変」と。
いえいえ。
障害児にもいろいろいます。
自閉っ子は100倍大変な子もいるでしょう。

「うちの子、KとMのときの子育ての大変さ、400倍違いますよ」
まさしく雲泥の差。
でも。
Mがいたから気づけたこともいっぱいある。
小さな成長のありがたさ。
周りのやさしさ。
余裕の大切さ。
ストレスの厄介さ。

愚痴りながらも、やっていこう。

こぎ出す自閉っ子

Mが自転車に乗れるようになりました。
最初だけ自分が頭部を固定してバランスをとりますが。

キャプチャ3

地道な練習がありました。

1.ストライダーにまたがらす(最初はポイ)
2.狭い廊下で壁によりかかりながら練習(一輪車みたく)
3.ペダルをつける。
4.頭部を固定した状態で押してあげる(原付状態)
5.頭部を固定した状態で静止する
(あなたがこぎ出さないと、動かないのよ~)
6.ペダルを押して進めてやる(腰が痛かった…)
7.たまにこぎ出す(でも、一回転せずにやめて、すぐ下りたがる。)
8.ある時、突然グルグルこぐようになる。←今ここ
9.自力で止まれるようになる。
10.自力でスタートできるようになる。

「5.6.」あたりが長かったです。
やる気との闘い。
「こげるようになりたいな。こげたら楽しいだろうな」という意識がないのですね。

Kのような定型発達児童なら、「ハンドルコントロール(バランス感覚)」がネック。
でもMの場合はバランス感覚はよくって、こぎ出すのがネック。
「なんでこんな疲れることしなきゃいけないの」って感じ。
「その方が自由に遠くまで出かけられるよ」というのを、やっと分かってくれた。
まー、時間かかるわね。

それから、忙しくても外遊びをがんばってます。
特に雨の日。

普通なら「今日は雨で外遊びできない」とガッカリするところ。
ところがMの場合はむしろ、雨の時の方がよく歩く。
なぜなら…

長靴で水たまりに入るのが大好きだから。

K3330260.jpg

Kもいっしょの写真。
最近Kもやっと優しくなってきた。
Mの成長を感じているのと、M自身が周りの人に興味を持ち出したのが大きいと思う。
MがKを大好きな気持ちが伝わるんだろうね。

とはいえ、Kの小学校生活も、Mの幼稚園生活も実は前途多難。
焦らずジックリやっていくしかないですね。